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東京高等裁判所 昭和28年(う)2818号 判決

控訴人 被告人 吉村経雄

弁護人 発地清

検察官 中条義英

主文

本件控訴は之を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人発地清の控訴趣意は本判決末尾添附の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これについて判断する。

一、第一点について、

所論に基いて記録を査閲するに、

被告人が、原判示日時場所において医師中島信子方の診療所および其の東南方に隣接する中島所有の建物の各正面出入口附近に鉄条柵を張り廻らしたが、右隣接建物は当時中島方の居宅に使用すると同時に一部を医師たる同人方の病室に使用すべく用意されており従つて同建物は居宅兼病棟というを妨げざる状態にあつたのに右鉄条柵は同建物の正面出入口から一尺余、右診療所正面出入口から三尺余の近辺に、地上約五尺以下五段の施設を以て張り廻らされたため右二棟殊に診療所に対する出入には多大の不便を来し、之により中島方に診療を求めに来る患者数に激減を来したことは原判決引用の証拠を綜合することにより孰れも証明十分である。而して当審証拠調の結果に鑑みるも原判決には此の点につき所論の如き事実誤認ありとは認められない。論旨は理由がない。

一、第二点について、

およそ建物の賃借権又は建物所有を目的とする宅地賃借権を所有する者は、その賃借建物又は賃借地使用の目的実現に必要な限度において、同借家の出入口又は借地上に自ら所有する建物の出入口の各直前および之に連接して各建物の敷地所有者と同一地主の所有する空地を使用するが如きことは、右賃借権に附随する当然の権利と解するを相当とする。

而して、本件においては、さきに、中島飛行機株式会社が前記建物二棟の敷地並びに同建物中診療所を右敷地および二棟の各正面出入口前からその南方の表公道に通ずる空地等一帯の所有者たる広瀬寿男から賃借して同地上に右居宅兼病棟に該当する建物を所有し、その後同会社が解散してから中島信子が右診療所を右広瀬から賃借し、更に前記居宅兼病棟を買取り且つ其の敷地たる宅地一〇〇坪を広瀬菊乃(寿男から同地所有権を承継した者)から賃借した上右二棟を使用して医業を経営して来たところ昭和二五年一一月中被告人が右宅地と診療所の建物とを買受け取得したこと而して右二棟の各正面出入口から表公道に通ずる空地については、あらためて賃借契約はなされたが、前記中島飛行機株式会社においても、同地の所有者たる前記広瀬寿男から右二棟の建物使用のための出入に通行することを実際上認められ、その後中島信子が同二棟を所有又は借用するに至つたときも、その出入に必要なる限りは同様に同空地を使用することを同地所有者から認められて来たものなることは、原判決引用の証拠によつて明らかである。故に、斯る実状にありし土地建物の所有権の承継者たる被告人としては、前記の如き賃借権に伴う中島との権利関係をも承継して右診療所竝びに居宅兼病棟としての普通の使用方法に必要なる限度においては同人の右空地使用を承認すべきは当然なるに、右診療所の建物明渡しを請求して中島と紛議中同人の承諾なく両建物殊に被告人が直接賃貸中なる診療所の表出入口直前に鉄条柵を張り廻して同所から右空地を通過して両建物に出入することを実際上至難に陥らしめるが如き措置に出た被告人の所為を以て中島の医業に対する威力妨害罪の成立あるものとした原判決は正当であり、別段所論の如く借家法その他の法令適用上の誤りがあるものではない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 下関忠義)

弁護人の控訴趣意

第一、原判決は事実の重大なる誤認がある。

原判決は罪となるべき事実に於て「………右中島方居宅兼病室及診療所正面出入口に高さ約五尺位の鉄条柵を張り廻らし………」と説示しているけれども、(一)居宅兼病室と称する家屋は、病室とは全く名のみで病室に全然して居ない。(二)正面出入口に高さ約五尺位の鉄条柵を張廻らした事実はなく、その鉄条柵を張り廻らした個所はいずれも出入口より相当間隔を置いた地点で、これが為めに診療所の出入は少しも妨げられなかつた。

第二、原判決は法律上認むべからざる権利を法律上認むべきものとし、法律を誤解誤用している。

原判決が其の理由に於て本診療所正面出入口前方空地を中島信子が通路として使用し得る権利を有し、被告人に於てこれに対応する義務を負担するものとするのは、結局借家法第一条の解釈として右診療所の借主は右通路使用権を以て右診療所の第三取得者に対抗し得るものとするので、建物の賃貸借をもつて第三取得者に対抗せしめた法律を不当に拡張して解釈適用した誤りを犯して居る。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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